1998年秋、沖縄。
3人のクラスメイトが作り始めた1冊の冊子からはじまった。
「フリーペーパーを作ろう」。ライターの一人、コバシガワが
当時まだ盛んだった多くのフリーペーパーに触発され、友人であるタバになんとなく言ってみたことが始まりだった。
快くOKしてくれたタバと構想を話し始めたのが1998年の秋。
当時モノ作りと音楽に興味を持ちつつ某運動部に燃えていたコバシガワ、へヴィーロックと
ギターをこよなく愛するバンドマン=タバ、そして、常に学校内でも一目置かれる存在であり、
あらゆる音楽とカルチャー、アートに精通しているよぎも加わり、フリーペーパー作りは始まった。
コンピュータによるフルデジタル化された現在とはちがい、
古いコンピュータと大量の手書き原稿、それに手作業でのレイアウト作業。
編集のノウハウもなければ、文章の執筆経験も少ない。
企画書、手書き原稿(没も含め)、試作品など、その制作過程で出た紙束は、数百枚にも及ぶ。
こうして、1999年3月、よぎの命名によるフリーペーパー「ジャメヴュモンド」はついに完成した。
はやくも迎えた一時の休刊。そして復刊へ。
その後、3人は別々の進路へと進む。コバシガワは進学のため埼玉(2002年より東京)へ、よぎは沖縄に残りつつ留学のための渡米準備(2001年秋よりN.Yへ)、そしてタバは沖縄でバンド活動(2001年夏就職)。その結果、JVMは一時休刊状態に陥る。しかし、せっかくつくりあげたフリーペーパーを、わずか1号で止めるのは...
という想いから、2000年秋、再び3人を中心として復刊へと動き出した。そして、新生ジャメヴュモンドvol.2を2001年1月に発行。メールでの入稿やコンピュータでのレイアウト作業など、その後の編集スタイルの基礎はここで完成する。また、翌月には念願だったウェブサイトも開設し、新たな読者層を開拓、ごく少数しか手にする事のできないフリーペーパーと異なり、全国各地から様々な反響を得ることができた。
JVMという冊子は、言うまでもなくまだまだ未完成・発展途上のフリーペーパーだ。今後もよりよいあり方を模索しつつ、少しでも永く続けていきたい。最近では、フルデジタル編集・入稿システムでの制作を開始し、ネット上から参加してくれたゲストライター陣も加わるなど、そのための新たな取り組みも始めている。<コバシガワ/2001.10.30>